はじめに:神宮球場に帰ってくる「畜生ペンギン」
2025年11月23日、神宮球場で開催されたファン感謝DAYで、池山隆寛新監督から衝撃的な発表がありました。「来シーズンから彼が帰ってきます」。そう、私たちの愛するつば九郎が、ついに2026年シーズンから復活することが正式に発表されたのです。
2025年2月19日に担当スタッフの訃報が伝えられてから、約9か月。ファンの心にぽっかりと空いた穴を埋める、待望の知らせとなりました。今回は、つば九郎の輝かしい31年の歴史を振り返りながら、その復活への道のりを詳しくお伝えします。
つば九郎誕生秘話~1994年、すべてはここから始まった
名前に込められた思い
つば九郎は1994年4月9日、阪神戦でデビューを果たしました。その名前の由来には深い意味が込められています。ツバメの古称「つばくろ」と、「鍔迫り合いに強く、苦労(九郎)しながら接戦をものにする」という意味が込められているのです。
名前は一般公募から当時9歳だった平沢尚志さんの案が採用されました。まさに、ファンと共に生まれたマスコットだったのです。
デビュー当時のスリムな姿
1994年の映画『ヒーローインタビュー』では、デビュー間もないつば九郎が頻繁に登場していますが、当時のつば九郎は現在よりもかなりスリムな体型で「SWALLOWS」の刺青が無かったことが記録されています。
唯一無二の存在感~愛される理由とその功績
「はだかきゃら」という個性
プロ野球12球団のメインマスコットとしては唯一、ユニフォームを着用していないという特徴を持つつば九郎。胸にある”Swallows”のロゴは「タトゥー」と主張しており、つば九郎曰く、「はだかきゃら」なことから、正装は「裸にネクタイ」なのだそうです。
畜生ペンギンと呼ばれる理由
非常に恰幅のよい体型をしており、メタボリックシンドロームの典型であるつば九郎。体型や黒白のカラーリングでしばしばペンギンと間違えられてしまううえに、近年では発言でブラックジョークを多用するため、一部のファンから「畜生ペンギン」と揶揄されています。しかし、この毒舌こそがつば九郎の魅力の一つとなっているのです。
空中くるりんぱとバズーカパフォーマンス
つば九郎は大がかりなアクロバットは行わず、バズーカでスタンドへ向けてTシャツを撃ち込むのが主となるパフォーマンスを行います。神宮球場での「空中くるりんぱ」は、ヘルメットを回転させてから空中に投げ、頭にかぶろうとする名物パフォーマンスですが、成功することはほとんどありません。この失敗も含めて、ファンに愛される理由となっています。
歴史に刻まれた大記録~2022年、2000試合出場達成
マスコット史上初の偉業
つば九郎は1994年のデビューから、スワローズの主催試合をずっと見守り続け、その日々は1,900試合を超えていました。年月にして29年。そして2022年8月5日、本拠地の神宮球場で行われた巨人戦で主催2000試合出場を達成したのです。
5回裏が終わるとスコアボードには「史上1羽目 主催2000試合出場達成 2896 つば九郎」の文字が映し出されました。日本プロ野球名球会より特別表彰を行うことになり、プレゼンターは「小さな大打者」として、1985年10月9日にプロ野球史上21人目の2,000本安打を達成し、監督も務めたヤクルト一筋の超レジェンド・若松勉氏が務めました。
勝利を呼ぶマスコット
95年にリーグ優勝を経験。これまで3度日本一に立ち会うなど、輝かしい経歴を持つつば九郎。2000年には、小さな「つば九郎人形」が、スタンドからベンチの前に偶然落ちてきたことをきっかけに、チームは8連勝を飾り、「連勝を呼ぶマスコット」としてテレビで取り上げられることとなったのです。
2025年2月の悲劇~活動休止と「中の人」の訃報
突然の体調不良
2月1日から始まっていたヤクルトの沖縄キャンプに同行していて元気な姿を見せていましたが、4日に帰京する際に空港の搭乗口で突然倒れて心臓マッサージを受け、そのまま現地の病院に入院しました。
死因は肺高血圧症とされ、享年51歳でした。1994年4月9日のデビューから約30年間、つば九郎を演じ続けた足立歩さんの突然の訃報に、球界全体が悲しみに包まれました。
ファンから寄せられた3000件を超えるメッセージ
スポーツ紙が「つば九郎のブログに3000件以上のお見舞いコメント」と報道するほど、多くのファンから励ましと感謝の声が寄せられました。2024年3月5日に更新された「あしあと」には、「いつか、いつのひか、このあしあとのさきに、つばくろうがいなくなったら、そらをとんだとおもってくいださい」と記されており、ファンの涙を誘いました。
復活への道のり~2026年シーズンに向けて
株主総会での林田社長の決意
2025年6月25日、東京都内のホテルで開かれたヤクルト本社の株主総会で、ある株主は今年2月に担当スタッフが亡くなった人気球団マスコット・つば九郎の活動再開を声を詰まらせながら要望しました。
林田哲哉球団社長兼オーナー代行は「ファンが喜びにあふれるような登場場面をつくりたい。その辺を考慮して、しばらく待っていただきたい」とアピールし、復活への準備を進めていることを明かしました。
ファン感謝DAYでの正式発表
そして2025年11月23日、本拠・神宮球場で「ファン感謝DAY 2025」を開催し、池山監督が「来シーズンから彼が帰ってきます」と明かしたのです。
林田球団社長の案では、数名で担当することも検討されているようです。これは、一人の負担を減らし、持続可能な形でつば九郎の活動を続けていくための配慮と言えるでしょう。
新たな時代へ~つば九郎とファンの永遠の絆
31年間育んだ思い
球団は「これまで31年かけてファンの皆さまと一緒に育ててきたつば九郎への思いを大切にし、検討を重ねて参ります」と発表しています。つば九郎は単なるマスコットではなく、ヤクルトスワローズの歴史そのものなのです。
継承される魂
新しい形での復活となっても、つば九郎の魂は変わりません。毒舌フリップ芸、空中くるりんぱ、そして何より選手とファンへの深い愛情。これらすべてが、新たなつば九郎に受け継がれていくことでしょう。
おわりに:2026年、神宮球場で会いましょう
つば九郎の復活は、単なるマスコットの再登場ではありません。それは、31年間の歴史と、ファンとの絆、そして天国の足立さんへの感謝の気持ちを込めた、新たな挑戦の始まりです。
2026年シーズン、神宮球場にあの黄色いくちばしが帰ってきます。きっとその時、スタンドには大きな歓声と、温かい拍手が響き渡ることでしょう。「おかえり、つば九郎!」その声が、新たな歴史の第一歩となるのです。
これからも私たちヤクルトファンは、つば九郎と共に戦い、共に笑い、共に涙を流していきます。なぜなら、つば九郎は永遠に私たちの「じんぐうずまいのセレブリティ」だからです。
みんなえみふる!2026年シーズン、つば九郎の復活と共に、ヤクルトスワローズの新たな黄金時代が始まることを信じて。

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