神宮球場100周年!大正から令和へ紡ぐ歴史と感動の名場面を振り返る 1926~2026年へ!

神宮球場・関連球場情報
記事内に広告が含まれています。

2026年、明治神宮野球場(神宮球場)は記念すべき100周年を迎えます。東京ヤクルトスワローズの本拠地として、そして東京六大学野球の聖地として、数々のドラマを生み出してきたこの球場。

今回は、スワローズファンなら知っておきたい神宮球場100年の歴史と名場面を振り返ります。

この神宮球場100年の記念年に見たいのは東京ヤクルトスワローズの優勝ですよね…!

神宮球場の誕生―大正時代の野球熱が生んだ夢の舞台

神宮球場は1926年(大正15年)10月22日に竣工しました。当時の建設費は総工費53万円で、明治神宮奉賛会が48万円、東京六大学野球連盟が5万円を寄付して完成にこぎつけています。

建設のきっかけは、早慶戦の復活と東京六大学野球連盟の結成(1925年)でした。

野球人気の高まりを受け、明治神宮外苑内に専用球場を求める声が大きくなったのです。すでに1924年には甲子園球場が完成しており、東京にも本格的な野球場が必要とされていました。

竣工式には摂政宮裕仁親王(のちの昭和天皇)と閑院宮載仁親王が臨席され、初試合として東京六大学選抜紅白試合が行われました。翌1927年からは都市対抗野球大会も開催され、日本野球の発展とともに歩む球場としての歴史が始まったのです。

戦争を乗り越えて―野球復興の象徴となった神宮

第二次世界大戦中の1943年、文部省からの試合禁止命令により東京六大学野球連盟は解散を余儀なくされました。

学徒出陣を前にした1943年10月16日には、早稲田の戸塚球場で「出陣学徒壮行早慶戦」、いわゆる「最後の早慶戦」が行われ、多くの選手が戦場へと旅立っていきました。

終戦後の1945年10月28日、神宮球場では戦後初の野球試合となる東京六大学OB紅白試合が開催されました。

当時、球場は米軍に接収されていましたが、進駐軍の協力を得て実現。翌月には全早慶戦も行われ、野球復興の先駆けとなりました。焼け跡の東京で、神宮球場は人々に希望と活力を与える場所となったのです。

スワローズの聖地へ―1964年から始まった歴史

東京ヤクルトスワローズ(当時は国鉄スワローズ)が神宮球場を正式に専用球場としたのは1964年のことです。

球団は1950年のプロ野球2リーグ制スタートとともに誕生しましたが、神宮を本拠地としてから60年以上、この地でファンとともに戦い続けてきました。

スワローズファンにとって忘れられないのが、1978年の球団史上初となるリーグ優勝と日本一です。

広岡達朗監督のもと、大杉勝男、若松勉らの活躍で悲願を達成。神宮の夜空に広岡監督が舞い上がった瞬間は、今も語り継がれる伝説となっています。

ID野球黄金時代―90年代の輝き

1990年代は野村克也監督の「ID野球」がスワローズを常勝軍団へと変貌させた時代です。

1992年に14年ぶりのリーグ優勝を果たすと、1993年、1995年、1997年と4度のリーグ優勝、3度の日本一を達成しました。

特に1992年の西武との日本シリーズは、全7試合中4試合が延長戦という歴史的な名勝負でした。

第1戦では杉浦享選手が日本シリーズ史上初となる代打サヨナラ満塁本塁打を放ち、神宮を熱狂の渦に巻き込みました。古田敦也捕手と野村監督の師弟コンビは、スワローズの黄金時代を象徴する存在として今もファンの記憶に刻まれています。

2001年には若松勉監督のもとで日本一に輝き、「ファンの皆さま日本一おめでとうございます」という若松監督の名言が神宮球場に響きました。

この名言よ再び!

東京音頭と傘の応援―神宮ならではの文化

神宮球場で生まれた独特の応援文化も、100年の歴史の中で育まれてきました。得点時に「東京音頭」に合わせて傘を振る応援スタイルは、今やスワローズを象徴する光景です。

この応援は、かつてスワローズが不人気だった時代、名物応援団長の岡田正泰氏が「応援グッズを買わなくても、家にある傘で応援に参加できる」「少しでもファンが多くいるように見せたい」という思いから始めたものでした。その精神は今も受け継がれ、神宮のスタンドを彩る緑や青の傘は、スワローズファンの絆を象徴しています。

新時代への継承―2021年以降の復活劇

2015年に真中満監督のもとで14年ぶりのリーグ優勝を果たしたスワローズは、髙津臣吾監督の就任により新たな黄金時代を迎えました。2021年には20年ぶりの日本一、2022年には村上宗隆選手が日本人最多の56本塁打を放ち、史上最年少で三冠王を獲得するなど、神宮球場は再び歓喜に包まれました。

山田哲人選手とともにチームを牽引した村上選手の活躍は、神宮球場の新たな歴史の1ページとなっています。

野球以外でも愛される神宮―花火大会とイベントの歴史

神宮球場は野球だけでなく、様々なイベントの舞台としても親しまれてきました。

1980年に明治神宮鎮座60年を記念して始まった「神宮外苑花火大会」は、今や東京を代表する夏の風物詩です。約1万発の花火と音楽ライブが融合するこのイベントは、隅田川花火大会と並ぶ東京の夏の風物詩として定着しています。

100周年、そして新たな100年へ

2026年に100周年を迎える神宮球場ですが、神宮外苑地区では大規模な再開発計画が進行中です。現在の神宮球場は将来的に建て替えられ、2032年頃には新球場が完成する予定となっています。

新球場は現在の秩父宮ラグビー場の位置に建設され、ホテル併設の近代的なスタジアムとして生まれ変わります。収容人数約32,000人の座席は一層ゆとりある設計となり、最新の設備を備えた快適な観戦環境が整備される計画です。

しかし、どれだけ姿が変わっても、この地で紡がれてきた100年の歴史と感動は、スワローズファンの心に永遠に刻まれ続けることでしょう。早慶戦の熱狂、広岡監督の初優勝、野村ID野球の黄金時代、そして村上宗隆選手の56号本塁打。すべてのドラマがこの神宮で生まれました。

100周年という節目の年、改めて神宮球場の歴史に思いを馳せながら、スワローズを応援してみてはいかがでしょうか。東京音頭に合わせて傘を振り、「燕」とともに戦う喜びを、この記念すべき年に味わいましょう。

コメント

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました