東京ヤクルトスワローズの村上宗隆選手がメジャーリーグ挑戦を視野に入れる中、これまで優秀な打者として評価されてメジャーに移籍した日本人選手たちの足跡を振り返ることは、今後のスワローズファンにとっても大きな意味を持ちます。
本記事では、ヤクルトが誇る青木宣親選手をはじめ、日本を代表するスラッガーたちのメジャーでの挑戦を詳しくご紹介します。
東京ヤクルトスワローズの誇り|青木宣親選手のメジャー挑戦
青木宣親選手は、2003年にヤクルトスワローズからドラフト4位で入団し、2005年には新人王と首位打者を獲得した俊足巧打の外野手です。
日本プロ野球で唯一、2度のシーズン200安打を達成した記録保持者でもあります。
東京ヤクルトスワローズからミルウォーキー・ブルワーズへ
2011年にポスティングシステムを利用してメジャー挑戦を表明し、2012年1月にミルウォーキー・ブルワーズと総額250万ドルの2年契約を結びました。ヤクルトファンにとって、愛するチームから初めてメジャーに挑戦した野手として、青木選手の挑戦は特別な意味を持ちました。
メジャーリーグでの活躍
青木選手のメジャーリーグでのデビューシーズンは素晴らしいものでした。2012年のブルワーズでは打率.288、10本塁打、30盗塁という印象的な成績を残し、MLBでの適応力の高さを証明しました。特に卓越したミート感覚と選球眼が高く評価され、監督から「天賦の才を持っている」と絶賛されました。
メジャー6年間で、ブルワーズ、カンザスシティ・ロイヤルズ、サンフランシスコ・ジャイアンツ、シアトル・マリナーズ、ヒューストン・アストロズ、トロント・ブルージェイズ、ニューヨーク・メッツと複数のチームでプレーし、特にロイヤルズ時代の2014年にはワールドシリーズ進出に貢献しました。
メジャーでは特に出塁率の高さが際立っており、リードオフマンとしての価値を発揮しました。
現在の活動
2018年2月に古巣の東京ヤクルトスワローズに復帰し、復帰後はリーダーシップを発揮してチームを支える精神的な支柱となりました。そしていまはGMに!
2024年シーズンをもって現役引退を発表し、日米通算2723安打という素晴らしい成績を残して球界を去りました。ヤクルトファンにとって、青木選手はメジャー挑戦を経て古巣に戻り、チームに貢献した誇るべきレジェンドです。
日本人野手のパイオニア|イチロー選手の偉業
イチロー選手(鈴木一朗)は、1973年生まれ、愛知県出身の外野手です。オリックス・ブルーウェーブ時代に7年連続首位打者を獲得するなど、日本球界を代表する打者として活躍しました。
オリックスからシアトル・マリナーズへ
2000年11月に日本人初のポスティングシステムによる独占交渉権をシアトル・マリナーズが1300万ドル余りで獲得し、3年総額1400万ドルで正式契約を結び、日本人野手初のメジャーリーガーとなりました。
メジャーリーグでの驚異的な活躍
メジャーリーグ1年目の2001年に新人王・MVP・首位打者・盗塁王・シルバースラッガー賞・ゴールドグラブ賞という数多くのタイトルを同時受賞し、日本人野手がメジャーでも通用することを証明しました。
2004年にはメジャーリーグ歴代シーズン最多安打記録を84年ぶりに更新する262安打を記録し、10年連続200安打という偉業も達成しました。メジャー通算3089安打、日米通算4367安打という驚異的な記録を残しています。
現在の活動
2019年3月21日に東京ドームで行われた試合を最後に45歳で現役を引退しました。
引退後はシアトル・マリナーズの会長付特別補佐兼インストラクターとして、外野守備・走塁の指導や打撃コーチ補佐を務めています。2025年には日本出身選手として初めてアメリカ野球殿堂入りを果たし、再度歴史を作りました。
ゴジラ松井|ワールドシリーズMVPの栄光
松井秀喜選手は、1974年生まれ、石川県出身の外野手です。読売ジャイアンツで10年間プレーし、通算332本塁打を記録しました。
読売ジャイアンツからニューヨーク・ヤンキースへ
2002年12月にニューヨーク・ヤンキースと総額2100万ドル(当時約25億4100万円)の3年契約に合意し、2003年からメジャーでプレーを開始しました。
アジア人初のワールドシリーズMVP
2009年のワールドシリーズでは5番打者として活躍し、第6戦では2回に2点本塁打、3回に中前適時打、5回にも適時二塁打で2打点を加え、ワールドシリーズ・タイ記録となる1試合6打点を記録しました。この活躍によりアジア人初のワールドシリーズMVPを受賞し、チームのワールドシリーズ優勝に貢献しました。
メジャーリーグ10シーズンで1236試合に出場し、打率.282、175本塁打、760打点の成績を残しました。
現在の活動
2012年に現役を引退し、現在はMLBのニューヨーク・ヤンキースでGM特別アドバイザーを務めています。2013年には国民栄誉賞を受賞しました。
メジャーで苦戦した選手たち|福留孝介選手と筒香嘉智選手
福留孝介選手のケース
福留孝介選手は2007年12月にシカゴ・カブスと4年総額4800万ドル(約53億円)の契約に合意し、中日ドラゴンズからメジャーに移籍しました。
2008年の開幕戦では9回裏に同点3点本塁打を放ち鮮烈なデビューを飾り、4月は打率.327、出塁率.436という好成績を残しました。
しかし、5月以降は打率.241に低下し、左投手に対する弱さが露呈しました。メジャーでは期待ほどの活躍はできず、2013年に阪神タイガースと契約し、6年ぶりに日本球界に復帰しました。2022年に中日で現役を引退しています。
筒香嘉智選手のケース
筒香嘉智選手は2019年12月にタンパベイ・レイズと2年総額1200万ドルで契約し、横浜DeNAベイスターズからメジャーに挑戦しました。
しかし2021年は開幕から不振で、レイズでは26試合に出場して打率.167、5打点という厳しい成績に終わりました。
その後ロサンゼルス・ドジャースに移籍するも打率1割台と苦しみ、マイナー契約となり、8月にFAとなりました。2024年にDeNAに復帰し、2025年も現役でプレーを続けています。
メジャー挑戦の意義と村上宗隆選手への期待
日本人打者のメジャー挑戦は、イチロー選手が道を切り開き、松井秀喜選手が本塁打を量産し、青木宣親選手が俊足巧打のスタイルで活躍するなど、様々な形で成功を収めてきました。
一方で、福留孝介選手や筒香嘉智選手のように、日本での実績に比べて苦戦した選手もいます。
しかし、挑戦すること自体に大きな価値があり、彼らの経験は後進の選手たちにとって貴重な財産となっています。
東京ヤクルトスワローズの村上宗隆選手がメジャー挑戦を決断した際には、青木宣親選手の経験が必ず役立つことでしょう。
ヤクルトファンとしては、青木選手がメジャーで培った経験を活かして古巣に戻り、チームに貢献してくれたことを誇りに思うとともに、村上選手の今後の決断と活躍を温かく見守りたいですね。


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